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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2857号 判決 1969年5月14日

原告 荒井光太郎

右訴訟代理人弁護士 竹下甫

同 入倉卓志

同 横田武

被告 吉川理三郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 小坂重吉

主文

1、被告らは連帯して原告に対し金六〇万円およびこれに対する昭和三八年四月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2、原告その余の請求をいずれも棄却する。

3、訴訟費用は、原告と被告吉川との間に生じたものは、これを七分し、その六を原告の負担とし、その余を被告吉川の負担とし、原告と被告白石との間に生じたものは、これを一〇分してその七を原告の負担とし、その余を被告白石の負担とする。

4、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

1、原告に対し、被告らは連帯して金二〇〇万円、別に被告吉川理三郎は金二〇〇万円および右各金員に対する昭和三八年四月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  被告らに対する損害賠償請求

1 (事故の発生)

原告は、次の交通事故によって傷害を負った。

(1)発生時 昭和三四年一〇月一六日午後一〇時半ごろ

(2)発生地 東京都足立区千住柳町三〇番地先路上

(3)事故車 軽三輪貨物自動車ミゼット角ハンドル三四年式(え一八七四号)

運転者 被告白石松司(以下、被告白石という。)

(4)被害者 原告(同乗中)

(5)態様  被告白石は、事故車を運転して同区柳町通りを同区千住寿町方面に向け進行中、同車を道路左側鉄製電柱に激突させて同車に同乗していた原告を路上に転落させた。

2 (被告白石の過失および責任)

本件事故は、被告白石が毎時六〇キロメートルの高速で事故車を進行させ、かつ、酩酊していたために対向車とすれ違った際ハンドル操作を誤った過失により惹起したものであるから、同被告は、不法行為者として民法七〇九条に基づき本件事故によって原告が蒙った損害を賠償する義務がある。

3 (被告吉川理三郎の責任)

被告吉川理三郎(以下、被告吉川という。)は、事故車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき原告が本件事故によって受けた次項の損害を賠償する義務がある。

4 (損害)

原告は、本件事故により下顎骨々折、左下腿骨々折(下腿壊死)、左坐骨神経損傷の傷害を負い、事故当日の昭和三四年一〇月一六日と翌一七日勝楽堂病院、同日から同年一二月二九日まで厚生年金病院に入院し、退院後も同三五年三月一六日まで同病院に通院して加療を受けたが、右負傷のため左膝下を切断するのやむなきに至った。原告のこの精神的苦痛に対する慰謝料としては金二〇〇万円とするのが相当である。

(二)  被告吉川に対する考案使用料支払請求≪省略≫

(三)  結論

よって、原告は、被告らに対し金二〇〇万円、別に被告吉川に対し金七五〇万円のうち金二〇〇万円および右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和三八年四月二九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)  被告らに対する損害賠償請求について

請求原因第1項、第3項中、被告吉川が事故車を所有していることおよび第4項中、原告が本件事故によりその主張の如き傷害を負い、その主張の入通院をして加療を受けたが、右負傷のため左膝下を切断したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  被告吉川に対する考案使用料支払請求について≪省略≫

三  抗弁

(一)  被告吉川の事故車に対する運行支配喪失の抗弁

本件事故当時、被告吉川は箪笥金具、建築金物等の卸売業を営み、被告白石は被告吉川方に店員兼自動車運転手として勤務していた。被告白石は事故当日の昭和三四年一〇月一六日午後六時三〇分ごろ被告吉川方の勤めを終り、同日午後七時ごろから東京都足立区千住旭町一番地所在のアパートの自室において知人と酒を飲んでいたところ、同日午後八時過ぎごろ原告が酒一升を持参して当時被告吉川方に勤めていた訴外岩沢次郎(以下、岩沢という。)を同道し遊びに来たので以後原告、被告白石、岩沢の三名で飲酒していた。同日午後九時ごろになり原告は大いに酩酊して外で飲むことを提唱し、しかも岩沢が被告吉川方から持ち出した事故車の鍵を被告白石に渡すのを見て車で行くことを頑強に主張して被告吉川から平素その所有する自動車の無断私用運転を厳禁されていた被告白石や岩沢がこれを拒みまた酒酔い運転の危険を案じた同被告の妻や岩沢の妻が引き止めるのも聞き入れずにほとんど意識のないほどの酩酊していた同被告を強引に事故車の荷台に乗せ、自らその運転台の鍵を開けて乗り込み、岩沢に事故車を運転させて同区柳町所在原告の妹関志もの営業する飲み屋に行った。しかし原告は同店において他の客と喧嘩をしその気分直しに附近の飲食店大関に行くことになり、同被告が相当酩酊していることを知悉しながら同被告に事故車の運転を命じた。そこで同被告は仕方なく事故車を運転して右大関に赴いたが、同店が休みだったので別の飲み屋に向う途中本件事故を惹起したものである。

以上のとおり、被告吉川はその被用者である被告白石に対し平素から被告吉川の所有する自動車を許可なく使用することを厳禁していたところ、被告白石はその禁を破って事故車を勤務時間後被告吉川に無断で私用のために運転中本件事故を惹起したものであるから、同被告は本件事故当時事故車の運行支配を喪失していたものである。

仮に被告白石の前記無断私用運転によってはいまだ被告吉川の事故車に対する運行支配は喪失しないとしても、原告は前記のように強引に事故車に乗り込んで岩沢や被告白石に事故車の無断私用運転を指図し、岩沢および被告白石をして事故車を運転することを余儀なくさせて本件事故時における事故車に対するイニシアティブを完全に握っていたものであるから、かかる原告に対し被告吉川は運行供用者としての責任を負うべきいわれはない。

(二)  被告らの消滅時効の抗弁

仮に被告白石に不法行為者、被告吉川に運行供用者としての責任があるとしても、原告が本訴を提起した昭和三八年四月一三日は、本件事故発生の日である同三四年一〇月一六日から既に三年を経過しているから、被告らの右各責任は時効によって消滅しており、被告らは同三九年五月二一日の本件口頭弁論において陳述された同日付準備書面でもって右時効を援用した。

(三)  被告らの過失相殺の抗弁

仮に被告らの前記各責任が時効によって消滅していないとしても、原告は前記三(一)のような態様で事故車に同乗していたものであり、しかも本件事故の直接の原因は、原告が被告白石および岩沢の制止にもかかわらず補助席もない事故車の運転台の左脇に左手で車体屋根をつかみ、右手で運転席の寄掛台部を持つという極めて不安定な姿勢で乗っていて手をすべらせ運転中の同被告に寄りかかって同被告のハンドル操作を誤らせたことにあるから、賠償額の算定にあたっては原告のこれらの過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する答弁

(一)  被告吉川の事故車に対する運行支配喪失の抗弁について

抗弁事実中、本件事故当時被告吉川がその主張の如き営業をしていたこと、被告白石が被告吉川方においてその主張の職務に従事していたこと、岩沢が事故車を運転し原告および被告白石がそれに同乗して訴外関志も方に行ったことおよび被告白石が事故車に原告および岩沢を同乗させてこれを運転中本件事故を惹起したものであることは認めるが、その余の事実は争う。本件事故当時、被告吉川方にはその所有する自動車を収容すべき車庫またはそれに代わるものはなく、道路に青空駐車をするか、従業員がその住居に持ち帰って保管していたものであって、事故車も被告白石、岩沢らがほとんど毎日自宅に持ち帰って保管しており、しかも被告吉川は被告白石らがそれを自由に使用することを許容していたものである。それのみか本件事故は原告が被告白石の要請により本件折畳脚の製作、販売の打合せのため塗屋、ネジ屋および東京都足立区梅田町の被告吉川の型抜きの下職をしていた訴外太田福四郎方に赴く途中発生したものである。

(二)  被告らの消滅時効の抗弁について

原告が本訴を提起した日および本件事故発生の日が被告ら主張の日であることならびに被告らが本訴において時効を援用したことは認めるが、民法七二四条の消滅時効は被害者が損害を知った時を起算点とするところ、原告は本件事故から約一〇時間意識が不明であり、また左膝下切断は昭和三四年一一月二日に行われたものであるから、本件事故発生の日をもって右時効の起算点とする被告らの主張は失当である。

(三)  被告らの過失相殺の抗弁について

抗弁中、原告が事故車の運転席横に立ち両手を幌の鉄枠につかまって乗っていたことは認めるが、その余の事実は争う。

五  再抗弁

前記のとおり、原告は本件事故後約一〇時間意識不明であって自己の負傷を知ったのは事故の翌日である昭和三四年一〇月一七日であり、また本件慰藉料の主たる斟酌事由たる左膝下切断が行なわれたのは同年一一月二日であった。そして原告は被告らに対し昭和三七年一〇月一六日到達の書面をもって本件慰藉料の履行を催告し、昭和三八年四月一三日当庁に対し本訴を提起したから消滅時効は中断されたものである。

六  再抗弁に対する答弁

争う。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  被告らに対する損害賠償請求について

(一)  事故の発生ならびに被告白石の過失および責任

請求原因第1項については当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被告白石はアルコールの影響により正常な運転ができない状態で事故車を運転してハンドル操作を誤った過失により本件事故を惹起したものであることが認められ(る)。≪証拠判断省略≫

したがって被告白石は不法行為者として原告の後記損害を賠償する義務がある。

(二)  被告吉川の事故車に対する運行支配喪失の抗弁について

被告吉川が事故車を所有していたことについては当事者間に争いがない。したがって、同被告は、別段の事情のない限り所有者として一般的抽象的に事故車の運行を支配していた者ということができ、いわゆる運行の利益は通常運行の支配に伴うものと見ることができるから、右別段の事情のない限り同被告の運行供用者責任を肯定すべきものであるところ、同被告は本件事故当時事故車の運行支配を喪失していた旨主張するので次にそれを検討することにする。

被告白石が事故車に原告を同乗させてそれを運転中本件事故を惹起したものであることは前記のとおりであり、本件事故当時被告吉川が箪笥金具、建築金物等の卸売業を営み、被告白石が被告吉川方に店員兼自動車運転手として勤務していたこと、岩沢が事故車を運転し原告および被告白石をそれに同乗させて訴外関志も方に行ったことについては当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫を総合すると、本件事故当時被告吉川方には事故車を格納すべき車庫がなく店の中や外に置くという状態であったので同被告の了解のもとに月のうち被告白石が三・四回、岩沢が五・六回位づつそれを自分達のアパートまで持ち帰っていたこと、事故車の鍵は平常店の机の中に置いてあり、運転するときはその都度被告吉川に断らずに自由に持ち出していたこと。本件事故当日岩沢は被告吉川から雨が降っているから事故車で帰るように言われて事故車をアパートに持ち帰ったものであること。被告白石は当日午後六時ごろ被告吉川方の勤めを終ってアパートの自室に帰り隣室の訴外宮本昭男と酒を飲んでいたこと。そこへ原告が岩沢とともに長沢からもらった酒一升を持ってやってきて以後は原告、被告白石、岩沢の三人でその酒を飲んでいたこと。そのうちに原告が被告吉川方において販売することになっていた本件折畳脚の試作品を被告吉川の下職をやっていた東京都足立区梅田に居住する訴外太田福四郎らに見せがてら外で飲むことを提案したので出かけることになったこと。ちなみに原告は昭和三四年四月ごろ被告吉川から本件折畳脚の考案を依頼されて被告吉川方に出入りしていたものであって、被告吉川の番頭格であった岩沢や被告白石とはその関係でつきあっていたものであること。岩沢および被告白石はアパートに持ち帰った事故車を私用に運転することまで被告吉川の了解を得ていたわけではなかったが、岩沢は右のような用向きなら事故車を使用しても後に被告吉川の了解を得られると思って原告および被告白石をその荷台に同乗させて事故車を運転しアパートを出発したこと。その際被告白石がとくに酔っていた様子は見えなかったこと。岩沢は太田方に行くに先立ち前にも一・二度行ったことがある原告の妹前記関のやっている飲み屋に事故車を乗りつけたこと。原告らは同店でビールなどを飲んでいたが、原告が右試作品を関や他の客に見せたところ関がそれにけちをつけたので口論となり、その気分直しに他の飲み屋に行くことになったこと。そのとき酔払って運転できなくなった岩沢が事故車を関方に置いて行こうとしたので、原告が被告白石に事故車を運転するよううながしたこと。しかしそれは原告が被告白石に事故車の運転を強制し、または命令したというほどのものではなく、被告白石は即座に原告の右慫慂に応じて事故車を運転することになったこと。そこで岩沢が荷台に、原告が道案内のために運転席左脇にステップに足を掛け、両手で屋根をつかんで乗車し、大関酒場に向ったが同店が休みだったこと。そして遅くなったので前記アパートに引返す途中本件事故が発生したものであることが認められる。≪証拠判断省略≫

右事実によれば、被告白石の事故車の運転はその所有者たる被告吉川に無断で使用されたものであるが、通常ならば事後に被告吉川の了解を得ることができたものと認められる。一般に、車両所有者の享有する運行支配は、このような事後承認の蓋然性ある無断運転によっては必ずしも喪失されないというべきであるので、本件においても、被告白石の無断運転によって被告吉川は事故車に対する運行支配を失わなかったというべきである。また、本件事故において被害者たる原告は事故車に無償で同乗していた者であって、かかる無償同乗においては、その同乗に至るまでの態様とか、同乗者の運行支配獲得の有無および程度とかによっては、運行供用者の責任が同乗者に対する関係で否定される場合もありうると解せられるのであるが、本件事案においては、原告は被告吉川の業務にも関連する本件折畳脚の試作品を下職に展示する目的もあって事故車に同乗したものであり、被告白石に事故車を運転させたといっても、それはせいぜい被告白石に事故車の運転を慫慂したものにすぎないと認められるから、被告吉川が原告に対する関係で運行供用者たる地位を失うとみる必要はない。

したがって被告吉川は事故車の運行供用者として自賠法三条により原告の損害を賠償する義務がある。

(三)  被告らの消滅時効の抗弁について

ところが被告らは時効を援用して被告らの責任は消滅した旨主張するので按ずるに、被告白石が被告吉川の従業員であることについては前記のとおりであり、本訴が昭和三八年四月一三日に提起されたものであることについては当事者間に争いなく、≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故によって意識を失い、それを取り戻したのは昭和三四年一〇月一七日午前六時ごろであったことが認められるから、本件慰謝料請求権の消滅時効は同月一八日から進行を始めたものであるところ、≪証拠省略≫によれば、原告は同日から三年以内である昭和三七年一〇月一六日弁護士横田武が認めた本件慰謝料の履行を催告する書面を持参して被告吉川方に赴き、それを同被告の妻訴外吉川志づに手交したことが認められるから(証人吉川志づの供述中、同人が被告白石のために催告書を受領すべき機関たる地位になかったとの趣旨の部分は採用しない。)、右消滅時効は中断されたものである。

(四)  損害

そこで次に原告の慰謝料について判断する。原告が本件事故により入院七四日間、通院七七日間を要する下顎骨々折、左下腿骨々折(下腿壊死、大腿下端で切断)、左坐骨神経損傷の傷害を負ったことは当事者間に争いない。しかしながら≪証拠省略≫によると、原告の身体が事故車を運転中の被告白石の身体にふれ、被告白石の運転を妨害したことが本件事故の一因をなしていることが認められる。これら事実に前記原告の事故車に同乗した態様なかんずく飲酒している被告白石に事故車の運転を慫慂し、しかも乗車設備のない場所に極めて不安定な姿勢で同乗していたことなど諸般の事情を考慮すると、本件事故による原告の精神的苦痛に対する慰謝料は金六〇万円とするのが相当である。

二、被告吉川に対する考案使用料支払請求について≪省略≫

三、結論

よって、原告の被告らに対する損害賠償請求のうち金六〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三八年四月二九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の被告らに対する損害賠償請求および被告吉川に対する考案使用料支払請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 福永政彦 並木茂)

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